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聖霊降臨後第1主日A年・三位一体主日A年

マタイ28:16-20

 

三つにして一つなる

 

‘三位一体’という言葉があります。今日の主日は<聖霊降臨後第一主日「三位一体主日」>と表記されています。3つのものを切り離すことなく、ひとつとしてとらえる、ということでしょうか。

 

<父と子と聖霊>という存在が<ひとつ>である、ということ。

 

父なる神さまがおられるところに子なるイエスさまがおられ、父なる神さまと子なるイエスさまがおられるところに聖霊がおられる。いつどこにおいても<いっしょ>におられるという<つながり>があります。

 

‘わたしが父の内におり、父がわたしの内におられる’ ヨハネ14.10

 

‘あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである’ ヨハネ14.24

 

‘父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる’ ヨハネ1426

 

‘「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。」’ヨハネ20.21-22

 

イエスさまの言葉にはその<つながり>が余すところなく示されています。そして、その<つながり>は単にお互いが離れずにいる、ということではなく、その<つながり>は愛情に満ちた、愛情が溢れるつながりです。仕方なく<つながっている>のではなく、お互いが信頼と愛のうちにある<つながり>なのです。そして、それは非常に活き活きとした<つながり>でもあるのです。

 

広げられる<つながり>の輪

 

‘主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にありますように’という言葉が今日の主日の聖パウロの手紙に記されています。

 

 

父なる神さま、子なるイエスさま、聖霊の間を繋ぐ愛、そして、相互の交わりが、わたしたちに、わたしたちの世界に注がれるように、行き渡るようにとの言葉です。

 

わたしたちはこの3つにしてひとつである神の愛の交わり、そこにある活き活きとした<つながり>、そこにある<いのち>へと招き入れられるのです。わたしたちもその<つながり>の輪に招き入れられるのです。

 

この3つにして一つなる神の<つながり>は、わたしたちが生きているところ、置かれているところで分かち合うために注がれます。<分かち合う>ためにあるのです。

 

神さまからイエスさまへと注がれた愛情は、聖霊の働きを通して、わたしたち、わたしたちの生きている世界へと注ぎ出されています。それを受けて、また、他者へと<分かち合う>ためにです。

 

この愛情、交わりの内にいる人、その実感に溢れている人は、3つにして一つなる神のつながりを映し出し、注ぎ出す人です。

 

互いに愛し合う家族は、3つにして一つなる神の愛を映し出し、注ぎ出す家族です。

 

互いに受容し合い、愛し合う教会は、3つにして一つなる神の交わりを映し出し、注ぎ出す教会です。

 

<三位一体>とは頭で考える難しい定式、考えではなく、3つにして1つなる神の活き活きとした<いのち>、<つながり>、<交わり>が源にあり、絶えることなく湧き出る泉のようなものであるのです。

 

この活きた<いのち>、<つながり>、<交わり>のうちにわたしたちが招き入れられ、それを受けていること、日々、新しくされていけることを、今一度、心から味わいたいものであります。